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結婚と恋愛について

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恋愛のドキドキ感は、それが「非日常」であることによって高まるわけで、それが常態であれば感情の高揚などは無いのです。

結婚前、恋人同士だった時のパートナーにはあれほどときめいたのに、結婚してしまったら別に…

という方は多いかと思いますが、これはどなぜかというと、恋人としての交際=非日常は結婚式という最大のセレモニーで頂点に達し、あとはゆっくりと日常となっていくからです。

一緒に暮らすことが「当たり前」。

そこには何のドキドキもないし、日常がドキドキの連続だったらむしろ困ります。四六時中そんなテンションだったら精神が持ちません。

日常的であることが「悪い」ということではないのです。むしろ、日常という「安定」があってこそ、非日常が生きるのです。

女性であれば、とっておきの服を着たり、メイクやヘアスタイルをビシっと決めたり、あるいはエステなどで女磨き…という行為は心を高める楽しいものだろうと思います。

自分のためにそれをするのもいいでしょうが、それを見せる相手が居ればなおさら。

見せる相手が旦那しか居なかったら…高いモチベーションを保つのは難しいでしょう。

それは、「ハレ」であり「非日常」の行為なのだから、「ケ」「日常」のパートナー=夫 のために、というのはちょっと違う。

セックスもそうかもしれません。

行為そのものは別として、精神的な意味でいうと…夫婦間のセックスは「日常」、恋人とのセックスは「非日常」。
夫婦間のセックスに関しては、定期的にある人も完全にレスの人もあるでしょうが、恋人とのセックスとは別のものだと思います。

どのような文化であっても、「祭典」「祝賀儀礼」などはあります。季節の変わり目だったり聖人の誕生日であったり誰かの結婚式だったり、主旨は色々ですが…実のところ、理由はどうでもいいのです。「非日常として盛り上がりたい」という願望が本質であって、祝う理由は後付です。

クリスチャンでも無い我々がキリストの誕生日を祝う必要はまったくないけども…いいんです。真の目的は「非日常」を存分に味わうことだから。

たくさんの味気ない「日常」に、少しばかりの刺激的な「非日常」をプラスすること。それは人間にとって「喜び」であり「幸福」な瞬間なのです。

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